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建築をめぐる三人家族の物語

横山 彰人 著

第17章 何が間違いだったの?

 咲子は、もうこれ以上耳をふさいで聞きたくなかった。「やめて下さい」と叫びたかったが、必死で我慢し三つ目の原因の話を待った。

「三つ目は、これが一番やっかいな問題でもあります。光君が名前を呼んでも反応が鈍かったり、話しかけても話さないというこの状態は、恐らく公園に連れて行っても、友達と一緒に遊ぶことすらできない状態ではないでしょうか」

 確かに光は、友達と一緒に遊ばせようとするが、交わらずいつの間にか一人で遊んでいることが多い。そんなことが何回か重なると、廻りのお母さん達との空気も微妙に変わってしまい、公園から足が遠ざかってしまった。

一人で遊ぶ光は、単に人見知りをしているだけだと思っていたのだが、原因は咲子にあるらしく先生の次の言葉が怖かった。

「これは明らかに、テレビ、ビデオの長時間の見過ぎによるものでしょう。テレビ、ビデオのように、一方的なコミュニケーションの媒体を長時間見せてしまうと、子供の脳が侵され言語能力が著しく低下してしまいます。幼児教育用のビデオもその限りではありません。お母さんは一日中、特に見たい番組がないのにテレビをつけっぱなしにしているということはありませんか。光君の場合、一日六時間以上見ていると思われますが、どうでしょう」

 この質問にも、うなずくしかなかった。友達も誰も訪ねて来ない高層マンションの一室で光と二人の生活は、何か追われているようなイライラした気持ちになり、テレビをつけていないとやっていられなかった。

社宅の時は、いつも窓から季節の花が見え、緑の匂いや道を歩く人の声も聞こえていた。渋谷から十五分の社宅へは、いろんな友達が遊びに来たり、買い物に行けば商店街のおじさん、おばさんの笑顔と言葉があった。

新婚時代、二人で歩いた渋谷文化村や美術館、若者のファッションの街でもあり若い熱気に溢れていたが、カルチャーの街でもあった。

独身、新婚、子育て、寂しい時、悲しい時も、どんな世代や人間も受け入れ、元気を貰ったり癒されたり、キャパシティの広さを持った街でもあった。咲子はそんな渋谷が大好きだった。

あの日々からたった六ヶ月、電車に乗れば約一時間三〇分程で渋谷に行けるが、何か遠い世界に来てしまったように思うのが不思議だった。 

武夫の帰りは、自宅が遠くなった分だけ一時間以上、駅から歩く時間も含めると間違いなく一時間三〇分は余計に通勤時間もかかり、帰りはいつも十一時を過ぎていた。通勤の混雑も、JRから西船橋で地下鉄に乗り換えて日本橋、さらに乗り換えて神谷町までの混雑も尋常ではなく、仕事の疲労以外に通勤の疲れが加わり、休みの日の午前中は殆んど寝て疲れを取らないと、体がもたないようだった。社宅時代のように、週二回早く帰って夕食を家族三人でする穏やかな家族団欒の時間もなくなった。

たとえ週一回でも早く帰って食事を出来ないか、武夫に頼んでみたが、「今まで社宅が会社から近かったということもあるし、会社もコスト削減と人員整理で仕事の量も増え、努力してもなかなか帰れないんだ」という繰り返しで言っても無駄だった。確かに武夫の会社は、大幅な人員整理をし、会社の利益は上っているようだが、その分仕事量は増え加えて成果主義を取り入れたので、どの部所も目標達成のノルマが与えられ大変だと、咲子と同期で入った友達が言っていたことを思い出した。

 今振り返ってみると、引越すことによって変わったのは、物理的な条件や環境ばかりではなかった。結婚以来少しずつ積み上げてきた家族の絆みたいなものも、少しずつ足元から崩れていくようだった。

 咲子は先生の次の言葉に、さらに頭の後ろから殴られたような、大きなショックを受けた。
「今お話したテレビ、ビデオの見過ぎによって失うのは、言語能力だけではありません。豊かな感情や人間性を育む脳神経も侵されてしまいます。光君はその入口にいるといっても言い過ぎではありません。子供をしっかり抱きしめるといったスキンシップ、しっかり子供の目を見て話をするアイコンタクトが大切なんです。母親が笑い子供が笑い返す、子供を褒める子供が喜ぶ、そんな相互コミュニケーションが〇歳~三歳まではとても大切なんです」 咲子は、どれも思いあたる事ばかりだった。
「日本小児科医会から、乳幼児に影響を与えるメディアの考え方について提言が出ていますから、参考にしてしっかりした生活習慣を立てて下さい」と言って、先生は引出しから一枚のレポートを取り出し、咲子に渡しながら、「光君の病気の要因は、全て親が作ったものです。親がこれまでどんな接し方を子供にしてきたかという、その反省の上に立って、御夫婦で暮らしを見つめ直すことが全てです。〇歳~三歳というのは、人間の社会性、人間性、言語能力を育む最も大切な時期です。この状態が続くと、取り返しのつかないことになります。父親の家庭不在も大きく影響していることも指摘しておきますので、よくご主人と相談してください」

 先生は咲子の目を見て、静かだが強い言葉で言った。心に残る重い言葉だった。その提言の最初には、
 ・二歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
 ・授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴はやめましょう。
 ・すべてのメディアへ接触する総時間を制限することが重要です。一日二時間までを目安としましょう。
と書かれていた。

 十日に一度診断と生活改善の報告に来ることになり、光との一日の行動を詳細に書き込む表を渡され、クリニックを出た。光をベビーカーに乗せて歩きながら、マンションに引越してから今日までの事を思い出し、何が間違っていたのか、何を失ってしまったのか考えようとしたが、頭が混乱し思考が定まらなかった。ベビーカーの中の光は疲れてしまったのか、いつの間にか寝入っていた。咲子はただただ光に申し訳なく、涙が溢れ頬を伝ってこぼれた。

 しかし先生が言われたように、光ばかりではなく想像以上に変わったのは咲子自身だった。そして武夫との夫婦の関係も大きく変わったと認めない訳にはいかなかった。