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建築をめぐる三人家族の物語

横山 彰人 著

第11章 中古

 咲子は気持ちが沈んだが気を取り直し、光のため自分のためにも、なんとか希望に近い物件を探したかった。

光をベビーカーに乗せての見学はストレスも溜まった。公園で遊びたい光をなだめたり、すかしたりしながら思うようなマンションを見つけることも出来ないまま、月日だけは経っていった。探し始めてすでに八ヶ月、季節は梅雨の季節から夏に変わろうとしていた。
吉川は、そんな咲子の気持ちを見透かしたように、「奥様の要望事項の中で何を優先順位の上にしたいのか、そろそろ絞り込んだ方がいいかもしれません」と言った。

 つまり、要望を全て満たすのは無理だから一番こだわっているものを優先し、あとはあきらめて下さいという意味だった。いい加減疲れて早く決めてしまいたいという気持ちも先立ち、吉川の問いに、「駅に近く、買い物に便利で、和室があって、夕陽が見えること」
 この四つの要望がなんのためらいもなく出たことが、自分でも驚きだった。
 さらに念を押す様に言う咲子に吉川は答えず、「現在奥様は新築物件のみを選択されていますが、中古マンションも選択の範囲に加えられた方が良いのではないでしょうか。

日本の場合、欧米と違って新築マンションは仮に一週間でも住めば中古マンションになり、販売価格はそれだけで随分下がります。さらに、提示された販売価格から「指値(さしね)」といった値引交渉するにしても、新築マンションではあまり出来ませんが、中古マンションだと値引交渉もしやすく、さらに金額が下る可能性が出てきます。

車と同じですよ。立地条件や物理的な条件、つまり駅に近い、ご主人の会社までの時間、それから夕陽が見えるといったことが満たされていれば、中古マンションを購入して下った金額でリフォームしたらどうでしょう。そして、オープンキッチンにしたり和室に床の間をつけたり収納を作ったり、間取りも奥様が希望する住みやすい間取りにしたらいかがですか。そうすれば壁紙も好きな色や柄を選ぶことが出来、素敵なインテリアにすることが出来るのではありませんか」吉川は咲子の購入する予算を頭において、あえて中古マンションの話を出して来たことは十分に分かっていたが、その通りかも知れないと思った。

新築マンションにこだわり、一度でも他人が生活した中古マンションは嫌だと思ったが、マンションの管理体制がしっかりしていて全面リフォームが出来れば、それでもいいと思い直した。壁紙も光が好きな動物の絵や黄色やブルーの色などを選べば喜ぶと思うし、リビングルームは体に良い自然素材を使うなど、将来インテリアコーディネーターの仕事もしたい咲子にとって、頭を切り換えればそれはそれで大きな魅力となった。

そんな事を思い巡らせながら、吉川に「よろしくお願いします」と言っていた。